川ひらた(五平太)
堀川水運で活躍したのが川船で、「五平太船」「川ひらた」等と呼び名があった。
石炭を発見したのが五平太というので、石炭を通称「五平太」と言っていた。その石炭を運ぶので「五平太船」と言う説と、船の造りが浅瀬の多い遠賀川を運行するために平たくしてあり、通称「ひらた船」と呼ばれていたが、藩の直轄にあったため敬称がついて「御ひらた」が「五平太」となったと言う説がある。
全盛期には、その数9,000艘、天保13年(1842年)の記録でも、石炭船5,428艘、米などの貨物積2,736艘が堀川を通っている。
石炭を発見したのが五平太というので、石炭を通称「五平太」と言っていた。その石炭を運ぶので「五平太船」と言う説と、船の造りが浅瀬の多い遠賀川を運行するために平たくしてあり、通称「ひらた船」と呼ばれていたが、藩の直轄にあったため敬称がついて「御ひらた」が「五平太」となったと言う説がある。
全盛期には、その数9,000艘、天保13年(1842年)の記録でも、石炭船5,428艘、米などの貨物積2,736艘が堀川を通っている。
| 交通機関 | JR折尾駅よりタクシー5分 |
|---|---|
| 所在地 | 八幡西区大膳2-23-1 |

折尾高校校庭内の展示室
マップ
舫(もや)い石
堀川は筑豊からの石炭を運ぶ下りの船と若松からの上りの船が、往時の最盛期には渋滞したり、一時的に係留するために穴をあけた石を配置し、石に綱を結び付けて停泊したと思われる。
現在残っているのは数ヶ所で、石の出ている部分のサイズは、高さ20~40cm、幅 約15cm、厚み10cm以上、上部に直径5~6cmの穴が開けられている。
現在残っているのは数ヶ所で、石の出ている部分のサイズは、高さ20~40cm、幅 約15cm、厚み10cm以上、上部に直径5~6cmの穴が開けられている。
| 交通機関 | JR折尾駅よりタクシー5分 |
|---|---|
| 所在地 | 八幡西区大膳1-12-7付近 |